13 『 不死身の滞納者 』

 

 

 昨年の春、男と離別し、一人娘と暮す女が、近所にささやかなパン屋を開き、青色申告を教えてくれと、訪ねてき「税金は怖い、終戦のころ一家心中をし、女中と犬までも共に死ぬ」という

 「それは事実か」と、私は心中驚天し、ききただす。

 

 戦後の徴税攻勢に重税のため倒産し、また自殺したという者がいたが、その真相は借金のため、どうにもならず倒産し夜逃げし、また借金に悩み、それを苦に自殺し、税金が直接の原因でなかったーと私は思う。

 

 ただ一人、九州の筑紫海岸に、老人の死体が浮ぶ、その懐には、吉田首相あてに「重税のため生きていけない」という遺書をもつ。

 

 もう一人、三重県鈴鹿市の桶屋さんは、わざわざ東京まで出向き、大蔵省の便所で税金を怨み服毒自殺した。

 

 この二人は、税の悲しい犠牲者であるが、桶屋さんは所得税の納税者ではなく、事業税を滞納していた。

 

 その頃、百万円以上の徴収困難な滞納者が、全管に六百余件あり、その整理に私達国税徴収官が当る。

 

 ある者は、やくざに日本刀をぬいておどかされ、ある者は魚類の冷凍室に入ると、滞納者に外から鍵をかけられるなど、言語に絶する場面に遭遇し、児島の学生服の製造場を公売にかけると、「これは私が六十年をかけた命の結晶だ、オ前を呪い殺す」と老人に怨まれる。

 

 この工場を公売のとき、朝鮮動乱で古鉄がトンニ万円の高値となり、大阪、下関の古鉄商とやくざが数十人もき、一つ誤れば血を見るという危ぶない橋も渡る。

 

 広島の○○会の若い者とも数回論争するなど、いろいろ苦労するが、ともかく大半整理した。

 

 広島の横川の一業者には手を焼く、測量器具をもつ業者なので、それを差押えると、「それは、個人の所有物でない。有限会社のものだ*

 

 と血相をかえて国税局に怒鳴りこむ。それならば有限会社のものとして差押えると、「イヤ、それは株式会社の所有だ」と、言をひるがえす。

 

 同一営業所に個人何某と、有限会社と株式会社を設立し、それぞれ滞納する悪智恵の働く男だ。請負業だから発註人を探し、未収の売上金を差押えると、広島県内で仕事せず、四国に行き仕事をする。

 

 それを探査し、四国の税務署に徴収委託し差押えると、彼は立腹し、わが家に顔面朱となり、どなりこみ、「家を焼打する」といきまく。、「どうぞ官舎だから」と、私は平然とやりかえす。

 

 世は、鍋底景気の不況となり、会社更生法が施行されるや直ちに申請する。国側は反対陳述するが、裁判所は認可し、我が国の第一号の会社更生法会社となり、鳴海公認会計士が管財人となる。