32 『 毒饅頭 』

 わが商売は、ろは納税相談業。年に、1000人をこす顧客がある。多くは一見の客であり、常連は少ない。その少ない常連の中に、風変わりな高校生がいる。

 

  「かぶと虫で、もうけるが、税がかかるか」

 「子供の遊びは、税の対象外だ」

 

 「二十万もうけてもか」

と、こう然といい、私のどぎもをぬく。おどろくことには、この少年は、カブト虫の生産地、繁殖方法、販売方針を研究し、すでに下宿のリンゴの空箱に、1,000匹近い幼虫を養殖している。東京の百貨店では、一匹二百円売りだ。百円で卸売りし、もうけるという。また

 

 「おじさん、金を貸してくれ、島を買い、海水を真水にし、熱帯植物の一大公園をつくる」

と少年の夢は、途方もなくでかい。

 

  「そんな大金はない」

と、断る。

 

  「市役所の清掃(市内の街角にある吸がら集め)を請負いたいが、手続きを教えてくれ」

 「未成年者は駄目だよ」

 

 「そんな憲法があるか」

と、逆襲する。

 

  先日は、

  「脱税を密告すると賞金が出るそうだが」

  「戦後はあったが、いまはない」

 「アルバイトの店が脱税している。賞金がないなら」

と残念そうに言う。

 

  「君、ケチなこと考えず、勉強せい」

 「いや、金もうけが私の夢だ」

と、この少年は現代ッ子のチャンピオンである。

 

  戦後数年間、脱税密告に対し、一割の褒賞金制度が行われていた。当時は、月夜の商売はなく、みな闇であり、民間の、密告による協力が必要であり、闇所得、退治の効果を期待して制定したが、皆スネに傷もつ人ばかりで、あまり成果はなかった。

 

  米機の銃爆撃により、主要都市は焼野原と化し、バラック急造のため、木材は高騰し、木材成金が生じた。

 

  岡山県下の某木材業者は、若い後妻と、若い会計係の仲をあやしみ、会計係をクビにした。おこった会計係は、江戸の仇を、脱税密告によりかたき討ちをした。調査の結果、数百万円の脱税があり、更正決定をしたが、税金は一文も納付しない。そこで銀行を洗うと、一日のちがいで、預金は消えている。地団駄踏んだK調査官は、一目散に居宅に向かう。

 

  総二階に、ひのき造りの屋敷がそびえている。主人は不在、若い妻女が一人いた。

 

  K調査官は、まず畳をはぎ床下に潜入する。戦後の闇成金は、札束をツボに隠蔵し床下にかくしていた。懐中電灯で暗い床下のくもの巣を払いつつ、ツボを探すがない。

 

  各部屋のふすまを次から次へ開けて、たんす、長持、天井裏をたんねんに、必死に探さくするも、札束は発見出来ぬ。最後に、寝室に入りかけると、妻女が小箱をわきの下に抱きかかえ逃げていく。

 

  「コラ、待て」

と、追いかけると、女は便所に逃げこむ。

 

  「オイ、開けろ」

と、戸をたたく。中の女は必死に閉める。

 

  「箱を渡せ」

 「これだけは勘弁してください」

 「渡さぬと、戸を破るぞ」

と、足で、便所の戸をけあげる。

 

  「これは金ではない」

と女は便所の中から必死に哀訴する。

 

  「いや、渡せ」

と、便所の内と外で、二人はしばらく渡り合う。女は観念し

 

 「それでは」

と、小箱を便所から放り出す。K調査官は、胸中ドキドキし、ふたを開けたが、札束はなく

意外にも白い紙に包んだものが、バラバラ畳に落ち、紙包の中からゴム製品がころがり出た。

 K調査官はあ然として声なく、若い妻女は真赤になり、

  「あなたはひどい方!」

と、いい、えん然と、K調査官をにらんだ。これなどは若気のいたりである。

 

  また、ある日歩いていると、似ている。

  その丸い横顔は

 「◇◇さんだ」

 

 昔のことで、ちょっと心の底につかえるが、ためらわず、

  「お久しゅうございます」

と、声をかける。数秒後

 

  「あなた、今どこの署です」

 「退職し、この奥にいます」

 

 「お変わりなく、ますますご壮健で」

と、壮者をしのぐ血色のいい風ぼうに接し、率直にごあいそをいう。

 

  十数年前、火花を散らす一騎打ちをし、ののしり、いかり、かみつきあうが、退職すれば在職中のことは、善悪を問わず、水に流して勘弁してもらわねばならぬ

 

 

 むしろ、この人には手をやき、てこずり、難儀するが、きのうの敵は、きょうの友であり、

 手ごわい敵ほど忘れ難い。

 

  「お前を、殺してやる」

と、どなられた昔のことをもち出すと、

 

  「そんな過激なことを、言いましたか」

と、すましている。

 

  「あのころ、税と戦わねば生きていけなかった、事業がかわいく、必死であり、あの時あなたにたたかれていたら、今日の◇◇土建はない」

 

 「現在は従業員500人、韓国、沖縄まで進出している。」

と、かつての小企業は、今や大会社に発展し、昔の、小憎い面相は変じて、功成り名をとげた人のみもつ、柔和の中に威の伴なう、ゆうゆう大社長の貫禄である。

 

  戦後、この人は、三つの顔をもち、税務署を翻ろうする。

 

  有限会社◇◇土建、株式会社◇◇土建、もう一つ個人の◇◇土建である。

 

  税金は、すなおに納めない。やむなく、差押執行すると、血相をかえて乱入し、

 

  「その機械は会社のものではない、個人の所有だ」

と、役所が破れんばかりにわめく。同種同型の機械が三個あり、わざと所有者の表示をしない。

 差押えすると、直ちに弾丸のごとく飛んできて、五尺の短くに、満身の憎おをこめて、舌端火を吐き、

 

  「営業妨害だ、小企業いじめだ」

 「税務署で、家族を養え」

と、理不尽をまくし立て

 

 「差押えを解かない、それなら、お前の家を焼き討ちにする」

と本気でおどかす。

 

  「借家だ。家財はやなぎこうり二つしかない。どうぞ」

と、私も身をはって覚悟している。この人の理不尽と、おどかしに、へこたれる職員はひとりもいず。滞納のつどに、手痛くたたくが、口八丁、手八丁で押せども突けども、泣かず、屈せず、弱音をはかず、鉄石のごとく不死身である。

 

  土建業者は、工事代を差押えると音をあげるが、彼は、県下はもちろん、山陰、四国におよぶ広い地帯の仕事をひそかに行ない、税務署の追跡を、じょうずに逃げて回る。

 

  朝鮮動乱後、公布された会社更生法を、全国で一番先に申請し、多額の滞納税金をかかえて、その中に身を隠し、税務の追求をのがれ、私と、彼のけんかはやんだ。全く悪知にたけた悪人なりと、思っていた。

 

  退職後、裸と裸で話してみると、なかなか風流を解し、小唄は芸者泣かせの、いいのどをもち、茶を窮め、生花は池の坊の師範である。

 

  しかも、保護司として刑余者の更生につとめ、悪源兵衛の異名の、○○デパート社長が仏源兵衛に改心し、五年の刑を三年に短縮となったのは、この人の影の尽力である。あ

 

  人は見かけによらぬというが、この人は憎むべき納税者ではなく、知と勇と力を兼備した、花も実もある名将であり、戦後税金闘争史における武田信玄といえる人である。