恋文代理業

1 『 狐うどん 』

三人の中学生が川端で立小便をしている。 遠く前方の青空に生駒連峰が浮かび、西空に新世界の通天閣と四天王寺の五重の塔が高くそびえ、大阪の煙の空帯に突きささっている。 後姿でよくわからないが、三人ともMボタンをはずし、砲列を布いて、あたかも赤い…

2 『 間接殺人 』

その国では男の子が生まれると親は顔をしかめる。 「ヤレヤレ、二十年後には嫁を買ってやらねばならぬ厄介物が・・・」 と心中暗然となる。女児は生後七日たてば売買の対象物となり、美しく育てて嫁として売れば莫大なへい(幣)がはいるので、真赤な餅をつ…

3 『 百人斬り 』

将棋は小学一年のとき見よう見まねで覚え、へたな碁は同僚と白黒の石がきをつんで覚える。 マージャンは、昭和初期は亡国遊戯とされ、一般は敬遠していた。 わたしもそのひとりで、同僚に勧誘されるが、仲間に加わらなかった。ところがマージャンを知らない…

4 『 妻を抱く 』

石坂洋次郎さん、火野葦平さん、今日出海さん、画家の向井潤吉さん等の報道班員十数名が ぎこちなく二列に並んでいく。白く冴えた月は煌々(こうこう)と焦土と化した戦野を照らし、一大決戦を数日後にひかえたバタン半島は粛然として声なく、無気味な沈黙の…

5 『 慰安所での弁当 』

兵隊と子供達とはすぐ友達になる。 「ユー、姉さんあるか」 「ノー」 「ないか、だめだ、姉さんある子を連れてこい」 と掠奪品のピットモントを一本与える。その子は手つきも器用にうまそうに鼻から煙をふいて吸う。 比島では七、八歳の子どもも平気でたばこを吸っ…

6 『 恋仇と恋文 』

真昼の白日下で若い女が肌をぬぎ、パンツをぬいてシラミをとっている。 一人ではない。 十数人の娘たちが一糸まとわない裸体でからだをかがめ、シラミ取りに余念がない。 こんな素晴らしい光景は、いかに映画人といえども表現できないし、だれもが想像だにし…

7 『 戦場の山ヒル 』

私の出征風景は、まるで債鬼に追われて逃げる破産者であった。 だれ一人の見送りもなく、妻がただ一人悄然と、駅のホームで蚊の泣くような声で 『元気でね』 と悲痛に言う。軍が日米決戦をひそかに企画していた昭和16年10月3日、極秘のうちに動員召集を…

8 『 どさくさの恋 』

レイテ沖海戦の第一報は 「米艦隊を湾内に包囲し、わが掌中にあり」 と、無線が入り歓声をあげるが、これがまんまと、米の策謀にかかり、 逆に日本艦隊は、無数の米艦隊に沖を封鎖され袋の鼠となり、内と沖から はさみうちとなり、翌日、わが艦隊は、もろくも…

9 『 想恋夫 』

山下将軍の巨体がいずこに埋葬されているか、今もってナゾであるが、 処刑は昭和二一年四月九日の予定であった。どうしたことか二日後の十一日午前一時十七分に執行された。場所は、比島ラグナ湖畔の、ロスパニオスの丘の上の刑場であった。 将軍は泰然とし…

10 『 捕虜と現地娘 』

比島バギオ山脈中には、実に数万の戦友が眠っている。 みな餓死したのだ。私も、草を食い、木の根をかじって頑張ったが、栄養失調となり 路傍に行き倒れ、死にかけていたのを米軍に助けられて捕虜となる。 20年の9月20日のことである。 収容所にはいる…

11 『 ケネディ大統領 』

尊敬するケネディ大統領様。 閣下の厚い信仰心と、深い道義心に訴え、貴国サンフランシスコ郊外のアルカート刑務所に反逆罪で死刑囚(現在は終身刑)として服役中の日本人二世、川北友弥氏の早期釈放を、僭越でございますが、嘆願します。川北氏は、日本人と…

12 『 百歩蛇 』

台湾は蛇が多い。熱帯のフイリッピンには大トカケが棲むが、蛇は少ない。亜熱帯の台湾は蛇の生息に適し、いたるところに有毒無毒の多種多様の蛇が棲む。 青竹蛇は真竹の如く青く、樹上にいて、下を通ると襲いかかる。 百歩蛇は、昼は草むらに潜み、夜道に、…

13 『 トイレ文学 』

いろはかるたに 「せっちんにまんじゅう」 と、いうのがある。 可愛い小坊主が仏壇の供物の饅頭をかすめて、しりをまくって、ぱくついている絵は、ほほえましく、字を知らぬ童子でも絵をみてとれて、子供心にもうれしいものの一つである。 これを 「便所で饅…

14 『 三次元の男 』

ノグチ・イサムがデザインし、一時広島の名物になっていた平和大橋を渡っていると、車中から青坊主が 「先生」 と、叫ぶ。僧の照蓮だ。二年ぶりの出会いで、近くの喫茶店に入る。 「元気だな」 「ハア」 「発展していると聞くが」 「どういう意味ですか」 と、若い僧は…

15 『 トイレ文学 』

いろはかるたに 「せっちんにまんじゅう」 と、いうのがある。 可愛い小坊主が仏壇の供物の饅頭をかすめて、しりをまくって、ぱくついている絵は、ほほえましく、字を知らぬ童子でも絵をみてとれて、子供心にもうれしいものの一つである。 これを 「便所で饅…

16 『 序に代えて 』

雀は鳥の中の庶民である。 全く平凡な、青空高く飛翔せず、美声で、唄うこともしらず姿は小さい。しかし、舌切り雀の童話は、鳥に関する物語では、一番親しみ深く庶民的である。キリストは、税吏卑賤という。私は、その一人であるが、不思議な縁で『人生劇場…

17 『 ファンレターと亡霊 』

先日、某君が 「天下の知名の士に知己があり、またファンがあってよいですね」 と僕にいった。尾崎士郎先生、夏目伸六先生それに高橋圭三さん等の知遇を得、とくに尾崎先生には弟のように可愛がられた。 朝潮が、先生に贈呈した横綱土俵入りの、大ざぶとんを…

18 『  税吏のロマンス  』

『おいと声をかけたが返事がない』 これは草枕の一節である。呉の沖に浮かぶ島に、ポンポン蒸気船で渡り、路傍の老婆に道をきく。 「でいむしょか」 という。黙っていると 「でいむしょにちがいあるまい」 自分の言葉に釘を指してくる。 「どうしてわかるか…

19 『 恋の始末書 』

私は酒に弱い。酒にもっと強ければ、もっと出世したかもしれぬ。 局時代に私は、私に対する勤務評定をふと盗み見た。 ”酒弱く交際不手際”と書かれていた。上司と私の二人日曜出勤をし、机は並んでいる。 上司は便所にたつ。何気なく隣の机上の勤務評定票をみ…

20 『 親分 』

酒場には、常連がいて、常連はいつも同じカウンターの一隅で飲んでいる。指定席はないが、最初にすわった、椅子と場所が、落ち着つくのは不思議である。その酒場で、親しくなった仲間に、阿知須町の医者がいる。私が顔を出すと若いママは、必ず、その病院長…

21 『 迷惑 』

正月三日に、不気味な贈り物が届く。 「送りかえせ」 と、妻をどなる。ていしゅ関白で、ふきげんなことがあると、一日中、もの言わぬので、正月そうそうにふきげん病がおきてはと、妻はオロオロする。 送り主の住所氏名がなく、 返送するに術なく、妻は困り…

22 『 玉のこし 』

ある日、回数券を料金箱にいれ、電車を降りかける。その瞬間、一陣の風がきて、回数券は風に乗りヒラヒラと舞い上がり、いましも乗降口の階段に足をかけた、貴婦人のひろげた胸の中にすべりこみふっくらとした乳房の上に鎮座した。私はハッとするが、女の乳…

23 『 悲しき桃太郎 』

終戦時の税務署員は殺気をおびていた。とくに徴収職員は、かきの木一本鶏三羽に、課税する税金に追い立てられ、毎日毎日、ドブ狩りの服をきてトラックに乗り、滞納整理がその任務である。 ある家では主人が激怒し、出刃包丁を投げつける、妻女は気が狂い素足…

24 『 女喰い逃げ 』

オチョロ舟の起源は、屋島の戦いに破れた平家の女房どもが、源氏方のきびしい探索の目を逃れ、沖に出て、舟人や漁師に春をひさいだことに始まる。 木江港には、一時は遊女が百二十人もおり、オチョロ舟は五十隻もいた。 夜霧が港にかすみ、停泊の機帆船が墨…

25 『 亭主の真価 』

世の女房は、わが亭主を傑物と、思う者は多くはあるまい。 点数をつければ、精々六十五点くらいと、大半は思い、中には『腐れ縁』 と、あきらめる。仲介人は秀才、努力型、読書家と、ほめ、それを信じ、 結婚する。しかし、本箱には、昔の円本が数冊しかなく…

26 『 投書天国 』

投書は、風当りの強い税務署のつきものであり、無名、変名なかには住所氏名を名乗り、調査の結果を要求するのがある。 この投書には地方色があり、地方の人情、人柄が窺えるのは面白い。 城下町は、白い土塀と、武家屋敷のある風景から、人情情緒豊潤とおも…

27 『 宇野重吉さん 』

新聞記者は、手廻しがよく、その手際の、鮮かなことには、驚く。 名優、宇野さんの宿を訪うと、新聞記者は待ちかまえ、 応接室に録音テープ器を備へ、二人の対面を待っている。 宇野さんが、現われるや、テープは廻転し、突如!! 砲声轟く戦場の雰囲気とな…

28 『 税金ごろ 』

黒い眼鏡が、肩をいからし、靴の踵の音を無理に立てて、入ってくる。 いきなり、 「電話をかせ」 「どうぞ」 男は立ったまま、ダイヤルを廻す。 通話中と見えて相手は出ない。受話器を耳にあてたまま、私を見つめる。 <コヤツ、どこの野郎か、礼を知らぬ徒輩な…

29 『 公認の恋文 』

<今日は返信がきているだろう?と胸をふくらませて自転車のペダルも軽く、いそいで帰宅して、服もぬがずに、机の上や、状差しを探し、ソワソワしていると、台所にいる老妻はひややかにみているが、エプロンの下から 「これでしょう。福岡の彼女からラブレタ…

30 『 愛のパトロール 』

私には、今まで三つの寝ざめのわるいことがある。 その一つは、子どものとき、友だちと、氏神様の賽銭(さいせん)を盗んだことである。私のいなかでは、夏の和霊祭の夜には、信者は、蚊帳(かや)をつることを禁じられている。 それは、宇和島の藩士であっ…