14 『 三次元の男 』

 

ノグチ・イサムがデザインし、一時広島の名物になっていた平和大橋を渡っていると、車中から青坊主が

 

 「先生」

 

と、叫ぶ。僧の照蓮だ。二年ぶりの出会いで、近くの喫茶店に入る。

 

  「元気だな」

 「ハア」

 「発展していると聞くが」

 「どういう意味ですか」

 

と、若い僧は私の心中を知っているが、不審そうに聞く。

 

  「昔から教祖は女に強い」

 「イヤ、改心しました」

 

 「それは教祖の資格が欠如だ」

 「先生、過去は勘弁してください。女は断ちました」

 

 「そうらしいな、小川君が、京都に連れて行った女と別れ今や教祖的存在だというていた」

 「小川が、私を教祖だと、いっていましたかね」

 

 「信者が押しよせているというが」

 「一日に十数人きます」

 

 「ほんとに難病を救うか」

 「なおっています」

 

 「それは誠の教祖様だ。いつ神通力を会得した」

 「そんな力はありません」

 

平然としているので

 

 「どうして癒るか」

と、重ねて聞く。私はこの男を信用してなく、半ば冗談に教祖だと、からかっていたが、

 

  若い僧は

 

 「別に教理も説かず説教もせず、患者と話し合っている中に自然に患者が勝手になおります」

と、言う。この一言を聞き、彼が過去のように偽善者ではなく、

 世間の一部が騒ぐほどの教祖になったと信じる。

 

  この僧、照蓮こと、高山君は、三年前誇大広告と、職業安定法にふれて摘発され、

 一ヵ月近く留置され、中国新聞の三面全部を埋める大事をおこす。

 

  「先生、先生」

と、私を兄の如く慕い、一流店に案内して御ち走する。私は、三十二才の若冠で、商工会議所に事務室をもっている、彼の、不思議な力量を高く買っている。

 

  彼は、企業のコンサルタントである。週刊誌を見て、来年の服の図柄や、流行の色柄をづばりと当てるから、企業は、彼を大事にする。

 

  鋭い思考力は、ただ者ではなく、善用すればいいが誤れば反逆徒、天一望になりかねない火薬を抱く男である。

 

  「君は週刊誌を賑わす要素があるぞ」

と、常に彼を警戒していたが、案の定、大事件をおこす、私には内密に宮島観光ホテルや、市内の一流旅館業者と密議をなし、ホステスを集めるのに悪いたくらみをする。万国博は近づくが、ホステスは集まらない。そこで、高山君の奸智にたけた頭は、多くの人が、常識では考えられぬことを正面切って、堂々と実行し、中国、四国の五県から高校卒の美女を数十人集める。

 

  出雲会館において、盛大に入所式を行うという朝に、私はそのことを知り

 

 「中止せねば大変になる。皆、娘さんを帰せ」

と、彼に讒言する。

 

  「イヤ、大丈夫です。ホステスではなく、私の会社の社員であり、旅館に出張するこことするので、どの法律にもひっかかりません」

と、いう。

 

  「大事な娘さんを、会社員という名目で集めて、ホステスにしては世間が許さんよ」

と、強硬に、娘達を解散することを要求するが、

 

  「いまさらどうにもなりません」

と、青い顔をする。

 

  式場に行くと、旅館業者は、若い高卒出の美女を数十人集めてホクホクしている。

  広島駅長が来賓として祝辞を述べるが、事情を知っていない。

 

  私は決然と立ち上がり、高山君をそそのかしている旅館業者を睨む。

  しかしこの式場で娘達を帰せとはいえないから、

 

  「この高山君の事業は大変である。彼は命をかけているでしょう。あなた方旅館業者は、彼を助け、いざというときは心中してください。」

と、暗に「このインチキはやがて世間に知れ、崩壊する。そのときは旅館業者も切腹ものだ」と私は叫ぶ。

 

 果して三日後、彼はこの事件と全く関係のない、税理士法違反という嫌疑により逮捕される。新聞をみて、親と先生は驚いて駆けつけると、娘は旅館に分散し、女中をしていることを知り、先生も親も吃驚仰天し、娘を連れてかえる。数人の娘は、彼を信じ、女中は、実地研修であり、やがてホステスの指導者となり、万国博に押しよせてくる外人客のガイドになる夢を捨てず、親が説得しても帰らぬものがいた。

 

 彼の話術は平凡だが、静かな口調で人の心をさぐるものがあり、いつしか彼の術策に若い者は陥って行く。○○の中国支社も彼の講演を高く評価し、幹部級の再教育のため、彼を講師として迎えていた。女子の採用試験には、わざと難問を出す。応募者は、その問題におどろくが、反面会社の内容がよいのだろうと錯覚する。そこが彼の狙いである。

 

 全部採用されるが、難関を突破したという自身と誇りが湧き、会社となら運命を共にしてもいいと思う。それに、大学卒の高給であり、身の廻りは一切支給する彼の会社は、実は名目のみで、裏に旅館業者がついていて若い娘を一時的に喜ばしたのである。旅館業者は彼の悪智慧をうまく利用しようとしたが、三日にして事は破れる。

 

 彼は逮捕され、旅館業者は警察から呼び出されるが、業者は、罪を若い高山君におわせた。

 

  留置中の彼から電話があり

 

 「女のことはよろしく頼む」

と、いう。

 

  「よしよし」

と、私は返事したが、彼の秘書役の女の子を呼び出し

 

 「彼と別れ、田舎にかえりなさい」

と、説諭する、娘は別れますと答えたが、広島を去らず、彼が前非を悔いて、丸坊主となり高野山に登るとき、女は彼のあとを追って行った。彼は悪党ではないが、思考の次元が一次元高くそれが狂うと、飛んでもないこととなる。高野山で修行していたと思っていたが、半年いてかえり、父のあとを継ぎ住職となり、いまや教祖として、法を説き難病をなおしている。