21 『 迷惑 』

  正月三日に、不気味な贈り物が届く。

 

  「送りかえせ」

と、妻をどなる。ていしゅ関白で、ふきげんなことがあると、一日中、もの言わぬので、正月そうそうにふきげん病がおきてはと、妻はオロオロする。

 

  送り主の住所氏名がなく、

 返送するに術なく、妻は困り果てている。

 

  ニ、三日放っておくも、思案の末、包装をとくと、紅白のまんじゅうである。

 

  「捨てましょう」

と妻はいう。

 

  「どなたか知れぬが、せっかくのお志なれば、ひとつ頂いてみるか」

 元来、甘いものは好まぬが、皆捨てるのは天意にそむくと思い、そう言う。

 

  「それではあなた試食しなさい」

  「毒見役か」

もし、納税者が私を恨み、毒を入れてないかと、おそるおそる、堅くなった皮をむき、ひとつ口に入れる。○○まんじゅう特有のアンコはサラリと舌に甘い。もう三年、この送り主不明のまんじゅうは、正月の松の内に私の家に届く。

 

  「ことしは毒入りではないか」

という危険性があり、妻は必ず私に試食させ、あとでムシャムシャ、おいしいねと、送り主に感謝して食べてござる。私には、この怪奇な送り主の心当たりがない。しかし、もしかすると、数年前、脱税をあげたお菓子屋さんかも知れぬと、憶測するも、散々にいじめた人が贈ってくるはずがない。○○まんじゅうは地方の名物であり、鉄道沿線に大きな宣伝広告を立て、人目をひいている主人は七十近い品のいい人がらであり、菓子作りは、芸術と自負し、全国菓子品評会の審査員である。ある日、若いむすことふたりできて、

 

  「昨日突然若い署員がきて、家宅捜査を受ける。今どき調査にくるのは不審である。投書か」

と詰問する。

 

  「いや、別に」

と投書があるとは、口が裂けても言えない。

 

  「お宅のまんじゅうは、格別風味がありますね」

と、おせじをいい、話題を税金から菓子へむける。老社長の話術は巧みであり、前にもどり、後ろに飛び、左右にはね、あたかも猿飛佐助の忍術に似て、変幻自在に、影なき映画である。

 

  「私の体中には、純金100万円の細針が打ってある。徐々に体内に溶けている。神経痛の妙薬である」

と、医者も知らぬことを教えてくれる。老主人も、若主人も

 

 「うちは絶対に脱税していません」

と、きっぱり言いきる。私は

 

 「調査中です」

と軽く逃げるが、反面に全力をあげると、投書にうそなく、多額の脱税をしている。後はぬかれた金が何に化け、どこに隠されているか。動かぬ、証拠固めをせねばならぬ。そのため、銀行という銀行の帳簿をあらうが、それらしき架空預金がない。かくては自供によるほかなく、従業員と、家族のひとりひとりを詰問し、最後に若主人に出頭を求めて追求すると、

 

  「おやじがぬいています。金は後妻がもらい、高価な装身具を買うのです。私はいくら働いても、後妻がとるので」

と、心中の不満をぶちまける。翌日、老主人を呼び、むすこさんが白状したと告げる。

 

  「まことに申しわけございません。後妻を入れると、家庭内が複雑になりましてね」

と神妙である。むすこは、投書という、非常手段をとり自家に火をつけ、おやじに一撃をくわしたのである。

 

  さもあれ、私の家に、毎年正月に、不気味なまんじゅうを送り、平和な老夫婦を脅かすのは、どこのどなたどすか?

 

  しょうぶの咲く五月のある日、見知らぬミニ姿の娘が訪ねてきて

 

 「父が死にました」

と泣く。

 

  「人違いではないか」

ときくと、新聞記者田中の娘であり、田中が、三日前に急死したことを知る。

 

  十日前に、娘を連れてき、就職を頼まれていたやさきで、その突然の死に驚く。

 

  歯根から血を吹く、万人にひとりの恐ろしい奇病という。先日の娘は二女である。

 

  近隣の好意により、野べの弔いはするが、自分は赤子をかかえ、妹は無職、食うに難儀していると嘆く。

 

  「君、いくつ」

  「十九です」

 

  「ていしゅは」

  「主人は官営ホテルです」

 

  「コックか」

  「ウーム、刑務所入りです」

 

  「なるほど、カンゴクは三食つきホテルだな」

と、この新語に感心し、この娘も不良の一味と知る。田中は、いつも不良娘に嘆いていたが、親不孝の娘は、目の前にいるこの子である。

 

  小柄な肉体を青衣で包む、当節流行のフーテン族であり、駅の構内の貨車の中で、男仲間とシンナーに酔い、検束され、ニセ歌手に迷い、東京まで後を追い、捨てられ、警察に保護される。田中はそのつど、警察にわび借金をし、連れもどしに行かねばならぬ。

 

  新聞の名は、税務経済弘報というが、発刊せず広告料を集め、高位高官を友人扱いして、大ほらを吹くので、会社も官庁も彼を敬遠する。しかし私は、彼が再婚せず、不良娘に手を焼きながら娘をかわいがる男ばかは、愛すべく、また七十歳に近いが、昔の夢が忘れ難く、再起の夢を捨てぬ彼が好きである。心中では、老いぼれに何が出来るかと多くは期待をかけぬが、人生にいつまでも夢をもつ老記者に興味がある。

 

  「困っている、金を貸してくれ」

  「顔でメシを食う洋服こじきが弱音を吐くな」

とどなる。

 

  「いま、どこにも顔が出せぬ」

と泣きつく。

 

  平素、電車賃をたかられており、一文も貸す義理はないが、ふと、この老ぼれ記者に、もう一度、人生のチャンスを与えてやろうという慈悲がわき

 

 「よし、貸す。必ず新聞を発行せよ」

と、しったし、金二万五千円を貸す。彼は、しゅしょうに名刺の裏に領収書を書く。

 

  後日、それを妻は発見し大目玉をくい、必ず回収せよと、おしかりをうける。

 

  もとより、三文記者に貸した金が、もどるとは思っていない。

 

  田中は、金のことはひと言もふれず、こつ然とあの世に行った。

 

  「君、なぜ私をたずねてきたの」

と私は娘に聞かざるを得ない。

 

  「父が死ぬとき、あなたのとこに行け」

と遺言したという。私は意外なことに、心中少なからずろうばいし、田中は死ぬまぎわに、どういう心境で、縁もゆかりもない私に、妙な遺言をしたのか、まことに迷惑である。

 

  たとへ遺言といえども、この不良娘ふたりを保護することは、ご免であり、

 

  「親類はないの」

と遺言に関係のないことをいい、私はこの急場をのがれようとする。

 

  「あした仏様を拝みに行きます」

と、暗に、おとうさんの遺言にはそいかねると、ことばにはせぬが顔と態度で、きっぱりと断る。娘は期待がはずれしょう然とかえりいく。頼るべき人のない娘はあわれでもあるが、それより、夢果たさず、借家の一ぐうでさびしく果てた、老記者の死がいたましい。