19 『 恋の始末書 』
私は酒に弱い。酒にもっと強ければ、もっと出世したかもしれぬ。
局時代に私は、私に対する勤務評定をふと盗み見た。
”酒弱く交際不手際”と書かれていた。上司と私の二人日曜出勤をし、机は並んでいる。
上司は便所にたつ。何気なく隣の机上の勤務評定票をみる。私のだ、見てはならないものだが、一瞬、盗み見た。いま思うと、その上司はわざと用便に行き、私に見せてくれたのかも知れぬ。
”酒に弱いと出世できぬぞ、日々愛飲し鍛錬せよ”との深い、無言の愛情を勤評に書かれたのである。上司の私をおもう愛情は、わかっていても、酒と、交際上手の遊泳術で栄進しようとは微塵も思わなかった。いまも盃に二、三杯で顔手足が、真赤になり、すぐ酔う。
ところが私の酒は不思議であり、すぐ酔うが楽しくなると、いつまでも酒席にいて、上機嫌になり、跳ね飛び踊り、且つは酔興する。若い時、月見酒に酔い、今は見かけぬが、昔は西部劇に出てくる幌のタクシーがあり、酔うた私はタクシーを拾うと幌の上にあがり、
「いい満月だ、いい満月だ」
と大声で歌いながら町中を走る。翌日、上司と町の警察署長から呼出しがあり、
「若手官吏にあるまじ行為」
として訓戒をうけ
「今後一切、禁酒します」
という始末書を書くと、始末書ではいけぬ、禁酒の誓約だから誓約書に書きかえろと言われ、毛筆で一字一字、一生懸命書いて出す。これにこりて、酔うと酔興すまいと心に誓い、始末書も誓約書も、人生において二度と書くまいと決心していた。42歳の厄年のとき、
私、自身の失態でないと思うのに
「お前の責任だから始末書を提出せよ」
「いや書かぬ」
「局長の命令だから書け」
と監察官は言う。
「書かぬ」
「書け」
と叱責する。私は仕方なく
「命令であれば書きましょう。しかし、知らぬことは知りませんので書きようがない」
と拒否するが、監察官は
「総務課長が署長の行先を知らぬことはない。
知っていてもお前は言わぬ、不都合だ」
「ほんとに行先は知りません」
「お前は言わぬが、署長は昨日朝八時に××温泉に着き、△△温泉にいることは××署の署長が連絡をつきとめているのだ」
「私は知りません」
と、あくまで知らぬ存ぜぬ一点張りである。
「それを知らぬのは総務課長として怠慢だ。
始末書を書け」
と監察官は強硬である。
「それなら書きましょう。総務課長として上司署長の日々の行動行先を全く存じませんことは補佐役としての責任十分でなく、誠に申訳がございません。どの様な処罰にも異議ございません。局長様」
という一札の始末書を不承不承に書いた。署長も職場を離れると酒に酔い、端唄の一つはうたうでしょう。ときには女と、いで湯に行くでしょう。
その、上司の恋で、部下の私が始末書を書かされたことは理不尽であり、いまもって納得できず、たとえ局長の命令といえども、頑として応ぜず、書かなかったらよかったと残念に思っている。「乞食と署長は三日したらやめられぬ」という。
乞食には自由の天地があり、署長は一城の主である。これは昔のことであり、今は乞食をするより生活保護で寝て暮らせる。署長は、かつては高等官として位階勲等があり、地方の名士として、内外ともに厳と威張っていたが、いまはただの公務員にすぎない。
あの世に行けば、勳五等が下賜されるそうだが、死後の勲章は、私は不用である。
山口国体のおり、皇太子殿下、美智子妃殿下が、宇部市営プールにお成りになり、
山口県知事より招待状があり、妃殿下のすぐ側にはべる光栄に浴す。署長として、たった一度の冥加である。辞職したとき、長官から『ご苦労だった』と電文がきたが、
勤続何十年の、退職者の心情をねぎらうには儀礼的な感じがしないでもない。
感謝状に、銀の花瓶ぐらいは、くれても、罰はあたるまいと思う。勤続20年に二百日足らない私は、一個の銀杯もない。わが肉と骨身を、税務のために削り尽くした悲愁と喜びがあるのみだが、税務という沼は、底の知れない深渕であり、公平という、縦と横の一致点えを求めて、辛労し、骨を削る。
世人はこれを鬼という。医は仁術と心得え、患者に親切で、ボラない鬼手仏心である。
税務は仏様ではつとまらない。論語にいわく「善人たるは易く、悪人たるは難し」と。
悪に生くるは男子の本懐なり、されど税道は、茨の道であり、決してナマ優しいものではあり得ぬ。その職場の長が乞食のようにのんきで気楽であろうはずがない。楽しい思い出は
「オイ、署長、もうねたのか、おきて飲みに来い」
と酔うて上機嫌の署員から、真夜中に呼び出しの電話があり、職員とともに酔い踊るときは、税を忘れて天国だ。
年に二回ほど、町村長との、協議会後の折り詰めの小宴も楽しい。芸達者な人がいて、踊り歌い、みんな騒然とし、忘我の郷に入る。ある村長は、真裸となり、その踊りに、満座は失笑し、芸者は「村長さん」と悲痛な叫びをあげる。
その村長は、こんどは庭の池に飛びこみ池の中で『安来節』を躍る。酔うとこの村長は、必ずや池に飛ぶこむが、この裏には笑えぬ秘話がある。村長に隠くし後家があり、用をすまして帰宅途中、たんぼの水で要所を洗う。ある夜、妻女に下着をぬがされ、検査をうけると、あの部分にたんぼの浮草が付着していた。驚いた村長は突差に、
「税務署の宴会で裸になり池の中に飛びこんだ、そのとき付着したのだ」
と、その場をうまく言い逃れた。
翌日、焼餅ち村長夫人から真偽を確かめる電話がきたが、村長から、よろしく頼むと、
秘電話をうけていたので、男の仁義で、私も村長夫人にうまくいいつくろった。
その村長は、今も酔えば池の中で踊り、そして隠れた秘事を楽しんでいるにちがいない。