37 『 ミニ 』

  朝の電車の乗客は、僅かな時間帯により客層が異なることに気づく。早朝は学生と、筋肉なサラリーマンが多く、八時ごろは普通サラリーマン、若いOLである。八時半をすぎると、家庭の主婦が目につき、その多くは手帳を、抱えこむように持っている。パートの保健外務員らしい。

 

  向側に四人の若いOLが坐ると、ミニから殊更に露呈している八本の白いももは、男には痛いほど強烈だ。お顔の方は、自慢に見せている。ももほど美しくないのは、せめてもの救いである。もし美貌、美ももであれば、男達は混乱し、この世は乱れる。

 

  それにしてもスラリと見事に伸び、モリモリと発達したももは芸術品であり、惚れ惚れと見つめ、この足となら心中してもいいと思う。

 

  若いとき「木椅子」という短詩集を、数人の仲間と発行していた。

 

  土肥は月のような抒情詩を書くが、部屋は書き損じのまるめた原稿紙と、古新聞で埋まり、一年中掃除せず、紙屑が山となり、その中で平気で寝ている。酔うてねている彼を起こすには、足で紙屑をけとばし、叩きおこさねばならなかった。

 

  川崎は全く対照的に、きれいずきで、ゴミが一つ落ちていても気になり、ひどい近視の彼は、目を畳にこすりつけて、ゴミを探し、それから、安心して詩を書く。

 

  この川崎は酔うと、女の足の踵をなめる奇癖がある。

いつの間にか、女の坐っているお尻の下にある、足のかかとをなめに行く。

 

  芸者は白足袋をはいているから襲われることはないが、下働きの女中が酒席にきて坐ると、必ず襲う。

 

  下働きは、足袋ははかず、足の裏も汚れ、かかとは、最も汚れているが、彼は、それを意とせず、汚たない、かかとをなめる。女中が悲鳴をあげて逃げると、追いかけて横倒し、裾をはぐり、体ごと、足に抱きつき、ところかまわず、足をなめまわす。

 

  「汚たない、よせ、よせ」

と私等は叫ぶ。

 

  「イヤ、女の足は、味がある」

と、抱きついて離さない。

 

  小説家を夢見ていたが、28歳で、血を吐いて死んだ。

 

  副島は葉隠れ武士の血を引く剣道三段の美丈夫、いつも、紋なしの黒羽織を着流し、颯々と色街を美剣士の如く闊歩し、年増芸妓に惚れられる。

 

  そのころは良家の子女には、世間の目が厳しく、手をふれることもならず、いきおい、若者は遊里の女に童貞を奪われる。

 

  今の若者は、愛は恣しいままであり、我が家の近くのアパートには、中学を出たばかりの女の子が、高校を昨年おえた若い者と、同居し、すでに一児があり、天井に吊るした、オルゴールつきの回転遊具が、五色に輝いて一日中廻っている。

 

  目の前の座席の、八本の、もも、足を、ひそかにななめにながめつつ、今昔の思い出に浸っている。

 

  と、突然に一人の紳士が近づき、私の下腹部を指さした。

 

  ハッとして、そこに目をやると、窓のボタンがはずれている。

 

  素早く窓はしめるが、陶然とし、女の脚を、心中鑑賞していたことが、浅間しくてならず、その紳士に、言葉のかわりに目礼をし、用もないのに次の停留所に下車し、ヤレヤレと、冷汗をかきつつ、電車を見送る。