8 『 納税者慰安の夕べ 』

 納税署長だから愛人をつくってはならないという法律はなく、女の一人や二人はいてもいいとおもうが、署長会議をど忘れするは論外というよりほかはなく、しかも、その会議は税務署の中の共産党のシンパを追放する大事な会議で、その該当者が津山署にいた。

 そのAの父は現職の間税課長であるが、局長命令だから退職させねばならぬ。

 

 岩国署にいたとき、共産党員の川上の首を斬ると、職務上怠慢はしなかったといい、出勤するのには困った。

 

 自前で千円の生菓子を買い、夜、Aの宅を訪ねて、

 

 『君が、署長とつかみ合いの喧嘩をしたのが悪い、税務署だけに太陽は照らんよ』

 

と、おだやかに退職を勧誘する、彼は無念そうに観念し、

 

 『それでは、署長をぶん殴らしてくれ』といふ、

 

 『腕力はいかん、君』と、なだめる。

 

 それから間もなく、署長はある閑職に左遷される。

 

 後任は局査察課長の馬場さんがくる。温和で包容力があり、総務事務と徴収事務は一切私にまかせる。

 

 岡山県は日本一の川柳王国で、津山市内にも川柳愛好家が多い。

 

  『ウム、川柳を納税宣伝に利用しよう』という妙案が浮ぶ。

 

 元来、文学と税は、水と油で共存し得ない体質だが、人情風俗をやゆする川柳は税金苦に悩む当時の納税者の共感を買い、新聞や俳句雑誌に税の川柳名句が、多数のっていた。が、納税思想の向上を目当てとする川柳は、どうかとおもうが。

 

 市内の川柳の大家で墓石屋の橋本石童さんと、薬局の小林白鳳さんに協力をお願いする。

 

 『おもしろい企画だ』

 

と、賛成してくれ大々的に山陽新聞に、『納税川柳』をもとむと広告する。すると、岡山県下は勿論、兵庫県内からも応募があり、二百余が応募し、句数は三百以上に及ぶ。

 

 これを選句し、確定申告前に桃色の色刷にして、新聞に折込み、全管内に配布する。

 

 <特選句>

 

・完納の町ウインドウの灯がきれい

 

・完納の父をほめる綴方

 

・滞納はないかと仲人つけくわえ

 

・地下袋できて税金をためていず

 

・納税をすませた肩を子にもませ

 

・わが力活かして今日の納税し

 

・納税は社会に生きるエチケット

 

<入選句>

 

・伸びる子に生き甲斐のある税納め

 

・税完納人生観が変ってき

 

・誠実な記帳明るい税がすみ

 

・完納をして税務署が親しまれ

 

 入選句はまだ多いが、入選句の中にも特選句に優るものがある。

 

 かくのごとく課長の私は、外の納税組合の育成と、一般納税者に川柳をもって納税道義の昂揚を図り、内は、平田次長と山本徴収係長が、また徴収職員が死力を尽し、努力した結果、収納率は全管内一位となる。

 

 国税局は、わが署の功績を高く評価し、表彰状とともに金二万円くれる。

 

 そこで、私は署長の許しを得て、その金を有効に使用しようと思い、劇場を二日間借りて『納税者慰安の夕べ』を催し、映画を上映し、奇術をし、日本舞踊をして、二日とも超満員となり、津山市民に好評を得る。

 

 だが、悪いこともあり、春の津山城の花見の宴に、ある業者から、鳥取署と津山署の所得税職員が饗おうをうけ、それがバレて、収賄事件となる。

 

 鳥取署員は数名豚箱に入るが、津山の職員は、私の処置で豚箱に入らなかった。

 

 先日、某署にいると、新任署長(当時の津山の第二係長)は、

 

『あなたのおかげで首にならず、署長までなりました』と、当時を回顧し、私に礼をいった。