6 『 銭三千枚税務署中ばらまく 』
山陰は、晩秋から翌年春までは、曇天の日が続き、雨多く、雪の日もあり、山陽から移り住むと、頭から黒布をかぶされているようで重い気持だが、住みなれてみると、米、野菜、魚とおおく、サバは最盛期は、とれすぎて、さばききれず、トラックに満載してき百円でバケツ一杯くれる。
人情厚く、茶を好み、皆親しく集い、長談をして半日過す。また昔ながらのお祭りごとが多く、古い日本が、いまもそのまま残っている。
税務署員は、殆んどが、ここの出身者で、朴訥で真面目でよく働く。
前任地の岩国で、徴収成績をあげるための手段として、各人ごとの税金集金高をグラフに示し、その効果をねらう。
すると、若い署員は大口滞納者ばかりを目当てに歩き、小額のものは放置する。
午前中、大口の集金が二、三軒あると、午後はパチンコ店で遊び、五時の退庁時に帰署し、
「今日は困難な大口者を苦労して口説き、とても疲れた」といふ不届者もいたので、私は自転車で、市内のパチンコ店を廻り、監視せねばならなかった。
小口の滞納を整理するため、内務事務もしている女子職員が、十数人いたのでその同意を得て、二人一組で各戸を訪問することにする。
萩男に岩国女といい、岩国は美人の産地で、署の女子職員も皆妙齢の美人だから納税者は歓迎し、男子職員より成果があがる。
ところが、国税局は、全国に例のない女子職員の集金集めは、婦女虐待だと、いうお叱りがきて、この妙案を中断する破目となる。
ムシロ旗の攻勢には一人で応戦し、内に眠る力を利用しようとすれば抑圧されては仕事にならない。
神の国出雲でも、税に対する不満は出雲平野にみちている。農家は家族が食う米も所得対象だから、現収のない農家は税が納められない。一老人がやってきて、課税の内容も知りたいというので、親切に「食う米にも、税金がかかるのです」というと「ハア!」と、私の前に土下座したのは、土下座された私の方が驚く。
こんなハガキもきた。
『喰ウモノヲ喰ワズ、税金ヲ納メタノニ、アリガトウトモイワズ、ウスツベラノ紙一枚クレタ』
と、そのころの税金苦と、税務署員の行状を、この片仮名の三十文字をもって言いつくしていて、私は槍で心臓を突かれたおもいをする。
平素、職員には納税者に丁重に接するよう申し渡しているが、不親切な職員がいることを恥じ、すぐ三輪車を飛ばし、ハガキの主の平田町の魚屋の主婦にお詫びに行くが、主婦は、ツンと顔を横にそむけ、主人の方は遠方のところをと、恐縮する。
出雲市のある風呂屋を差押えすると、その主人は不満やるかたなく釣銭用の小銭を布袋一杯つめて署にきて、
『サア、一円、五円、十円玉の小銭が、三千円ある、これを受取れ』
と、いきなり袋の中のアルミ貨と銅貨を鷲掴みにし、署内中ばらまいて、空の袋を投げてすててそのままかえり、小銭を拾い集めるのに、床の板の割れ目から床下に落ちたのを、懐中電灯をつけて暗い床下にもぐり探すという珍事件もある。
かく、納税者とトラブルはあったが、真面目な徴収職員の努力は実り、所得税の収納率は、広島局全管の平均82%に対し、出雲署は99%という驚異的成果をあげ、全管一位となる。
これに対し国税局より表彰状と、金一封がくる。
徴収面では個人表彰はなかったが、直税では課税技術に優れ、税の取立ての名人には国税庁から銀時計を貰い広島局内で三人が銀時計の栄誉をうける。
これはねずみ取りの上手な猫が勲章を貰うに似ていて、その当人は部外には吹聴出来ず心中複雑であろうと、人ごとながら案ずる。