2020-11-16から1日間の記事一覧

31 『 見合い 』

「恋愛でしょう」 と、ときおり若い人から、無遠慮な質問をうける。そう見えるのかなアと、意外な質問に心中苦笑して 「ウム」 と、極めてあいまいな態度をする。猛烈な恋愛で結婚したと思われる方が楽しいからである。前の総務部長さんは、令夫人と税務署長…

32 『 毒饅頭 』

わが商売は、ろは納税相談業。年に、1000人をこす顧客がある。多くは一見の客であり、常連は少ない。その少ない常連の中に、風変わりな高校生がいる。 「かぶと虫で、もうけるが、税がかかるか」 「子供の遊びは、税の対象外だ」 「二十万もうけてもか」 と、…

33 『 税金と文学 』

税と、文学は水と油であり、おりあわず融和せぬものらしい。 今は故人の坂口安吾は、真正面きって税の反逆者であった。 税を毒づき、滞納を得然とし、伊東の自宅を差押えられるが平然とし、景気直しに杯を重ね、死ぬまで税に反抗した。 師事する尾崎士郎先生…

34 『 立小便 』

男ばかりが立小便をするとは限らない。早朝、散歩していると、寝間着の女児が門口で真珠の貝がらを開放しオシッコをしている。いなかへ行くと、古い習慣が残っていて、中年の女人が、道ばたで妙なカッコウをし、しばし立ちん坊しているのを見かける。 おしり…

35 『 釣狂い 』

内海の夏の朝は、霧が生ぜず、ぬけるほど明るい。 突堤の尖端に、ワイシャツの男が一人釣りをしている。 宿の者も起きている気配なし、泊り客も早暁の夢の中にいる。 階段を音をたてず降り、玄関の戸を開けると、道一つ距だった海から、磯の匂いが胸にドッと…

36 『 緑陰の聖者 』

上京し、会議が終ると、ウキウキし、浅草へ飛んで行く。 近年映画館が減り、さびれるが、浅草情緒は、田舎者を、こころよく抱いてくれる。 女剣劇をみ、ロック座のかぶりつきで、口をあけ、美女のヌードを見ていると、赤い腰巻をパット開き、突如襲いかかり…

37 『 ミニ 』

朝の電車の乗客は、僅かな時間帯により客層が異なることに気づく。早朝は学生と、筋肉なサラリーマンが多く、八時ごろは普通サラリーマン、若いOLである。八時半をすぎると、家庭の主婦が目につき、その多くは手帳を、抱えこむように持っている。パートの…

38 『 ハンコ日本 』

俗に非能率なことをお役所仕事という。民間の企業はテキパキとスムーズにすべてが進捗する。役所は、上司がハンを押さないと、仕事は直ちに渋滞する。 国税局にいるとき、一つの書類にハンコが数十個、ベタベタと押してありそれに私も、一人前に判を押し、そ…

39 『 海の嘆き 』

青い波打際に日傘の女が、海をみつめている。一人の男が、赤い小旗の浮く禁止区域を上手な波手を切って、沖へ沖へ遊泳する。潮流は速度をまし、急に水温が下がる。そのとき、突如!!男の左足を、ケイレンが襲う。 遊泳中ケイレンはでき死を意味するが、海に…

40 『 旅から 』

かねて宿望の、北海道の旅に立つ。東京に一泊し、新宿に飲みに出る。 宵の、広い公園は若いアベックに埋まり、女の顔に男は、顔を埋めて、相抱く。落花乱れる修羅場を見て、あぜんとし、 「不潔だ」 と、うなると同行のメイは 「不潔だと思う、オジさんの方…

41 『 電話の向こうがわ 』  

朝の電話はクツワ虫のように、けたたましく鳴る。 妻は「やかましい:と、言わんばかりに電話器を押える。 「ア、奥様ですか」 と、あいてによって、巧妙にいんぎんとなり、鈴虫のいい声になる。 「おとうさま、きのう、めがねを置き忘れてないかと、森田さ…

42 『 オンボロ自転車 』

その朝、スカッと目ざめた、とたんに、昨夜のテレビの、市主催の、サイクリングに参加してみたく、カバッと跳ねおき階段を、かかとに力を入れてドシンドシンと降りる。 七時を、時計の長針は指している。すぐに玄関横に投げ捨ててある自転車をひき、試乗する…

43 『 比島の戦野で 』

ラジオ中国『テアトル・ヒロシマ』から--- フィリピン 『比島の戦野で』(第三回放送) 「日本の遺書」 (昭和36年5月1日午後10時15分から午後10時45分・放送) 構成 ・ 大牟田 稔 語り ・ 宇野重吉(劇団民芸) アナウンス・室積 馨 演出 ・ 秋信…