2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

16 『 序に代えて 』

雀は鳥の中の庶民である。 全く平凡な、青空高く飛翔せず、美声で、唄うこともしらず姿は小さい。しかし、舌切り雀の童話は、鳥に関する物語では、一番親しみ深く庶民的である。キリストは、税吏卑賤という。私は、その一人であるが、不思議な縁で『人生劇場…

17 『 ファンレターと亡霊 』

先日、某君が 「天下の知名の士に知己があり、またファンがあってよいですね」 と僕にいった。尾崎士郎先生、夏目伸六先生それに高橋圭三さん等の知遇を得、とくに尾崎先生には弟のように可愛がられた。 朝潮が、先生に贈呈した横綱土俵入りの、大ざぶとんを…

18 『  税吏のロマンス  』

『おいと声をかけたが返事がない』 これは草枕の一節である。呉の沖に浮かぶ島に、ポンポン蒸気船で渡り、路傍の老婆に道をきく。 「でいむしょか」 という。黙っていると 「でいむしょにちがいあるまい」 自分の言葉に釘を指してくる。 「どうしてわかるか…

19 『 恋の始末書 』

私は酒に弱い。酒にもっと強ければ、もっと出世したかもしれぬ。 局時代に私は、私に対する勤務評定をふと盗み見た。 ”酒弱く交際不手際”と書かれていた。上司と私の二人日曜出勤をし、机は並んでいる。 上司は便所にたつ。何気なく隣の机上の勤務評定票をみ…

20 『 親分 』

酒場には、常連がいて、常連はいつも同じカウンターの一隅で飲んでいる。指定席はないが、最初にすわった、椅子と場所が、落ち着つくのは不思議である。その酒場で、親しくなった仲間に、阿知須町の医者がいる。私が顔を出すと若いママは、必ず、その病院長…

21 『 迷惑 』

正月三日に、不気味な贈り物が届く。 「送りかえせ」 と、妻をどなる。ていしゅ関白で、ふきげんなことがあると、一日中、もの言わぬので、正月そうそうにふきげん病がおきてはと、妻はオロオロする。 送り主の住所氏名がなく、 返送するに術なく、妻は困り…

22 『 玉のこし 』

ある日、回数券を料金箱にいれ、電車を降りかける。その瞬間、一陣の風がきて、回数券は風に乗りヒラヒラと舞い上がり、いましも乗降口の階段に足をかけた、貴婦人のひろげた胸の中にすべりこみふっくらとした乳房の上に鎮座した。私はハッとするが、女の乳…

23 『 悲しき桃太郎 』

終戦時の税務署員は殺気をおびていた。とくに徴収職員は、かきの木一本鶏三羽に、課税する税金に追い立てられ、毎日毎日、ドブ狩りの服をきてトラックに乗り、滞納整理がその任務である。 ある家では主人が激怒し、出刃包丁を投げつける、妻女は気が狂い素足…

24 『 女喰い逃げ 』

オチョロ舟の起源は、屋島の戦いに破れた平家の女房どもが、源氏方のきびしい探索の目を逃れ、沖に出て、舟人や漁師に春をひさいだことに始まる。 木江港には、一時は遊女が百二十人もおり、オチョロ舟は五十隻もいた。 夜霧が港にかすみ、停泊の機帆船が墨…

25 『 亭主の真価 』

世の女房は、わが亭主を傑物と、思う者は多くはあるまい。 点数をつければ、精々六十五点くらいと、大半は思い、中には『腐れ縁』 と、あきらめる。仲介人は秀才、努力型、読書家と、ほめ、それを信じ、 結婚する。しかし、本箱には、昔の円本が数冊しかなく…

26 『 投書天国 』

投書は、風当りの強い税務署のつきものであり、無名、変名なかには住所氏名を名乗り、調査の結果を要求するのがある。 この投書には地方色があり、地方の人情、人柄が窺えるのは面白い。 城下町は、白い土塀と、武家屋敷のある風景から、人情情緒豊潤とおも…

27 『 宇野重吉さん 』

新聞記者は、手廻しがよく、その手際の、鮮かなことには、驚く。 名優、宇野さんの宿を訪うと、新聞記者は待ちかまえ、 応接室に録音テープ器を備へ、二人の対面を待っている。 宇野さんが、現われるや、テープは廻転し、突如!! 砲声轟く戦場の雰囲気とな…

28 『 税金ごろ 』

黒い眼鏡が、肩をいからし、靴の踵の音を無理に立てて、入ってくる。 いきなり、 「電話をかせ」 「どうぞ」 男は立ったまま、ダイヤルを廻す。 通話中と見えて相手は出ない。受話器を耳にあてたまま、私を見つめる。 <コヤツ、どこの野郎か、礼を知らぬ徒輩な…

29 『 公認の恋文 』

<今日は返信がきているだろう?と胸をふくらませて自転車のペダルも軽く、いそいで帰宅して、服もぬがずに、机の上や、状差しを探し、ソワソワしていると、台所にいる老妻はひややかにみているが、エプロンの下から 「これでしょう。福岡の彼女からラブレタ…

30 『 愛のパトロール 』

私には、今まで三つの寝ざめのわるいことがある。 その一つは、子どものとき、友だちと、氏神様の賽銭(さいせん)を盗んだことである。私のいなかでは、夏の和霊祭の夜には、信者は、蚊帳(かや)をつることを禁じられている。 それは、宇和島の藩士であっ…

31 『 見合い 』

「恋愛でしょう」 と、ときおり若い人から、無遠慮な質問をうける。そう見えるのかなアと、意外な質問に心中苦笑して 「ウム」 と、極めてあいまいな態度をする。猛烈な恋愛で結婚したと思われる方が楽しいからである。前の総務部長さんは、令夫人と税務署長…

32 『 毒饅頭 』

わが商売は、ろは納税相談業。年に、1000人をこす顧客がある。多くは一見の客であり、常連は少ない。その少ない常連の中に、風変わりな高校生がいる。 「かぶと虫で、もうけるが、税がかかるか」 「子供の遊びは、税の対象外だ」 「二十万もうけてもか」 と、…

33 『 税金と文学 』

税と、文学は水と油であり、おりあわず融和せぬものらしい。 今は故人の坂口安吾は、真正面きって税の反逆者であった。 税を毒づき、滞納を得然とし、伊東の自宅を差押えられるが平然とし、景気直しに杯を重ね、死ぬまで税に反抗した。 師事する尾崎士郎先生…

34 『 立小便 』

男ばかりが立小便をするとは限らない。早朝、散歩していると、寝間着の女児が門口で真珠の貝がらを開放しオシッコをしている。いなかへ行くと、古い習慣が残っていて、中年の女人が、道ばたで妙なカッコウをし、しばし立ちん坊しているのを見かける。 おしり…

35 『 釣狂い 』

内海の夏の朝は、霧が生ぜず、ぬけるほど明るい。 突堤の尖端に、ワイシャツの男が一人釣りをしている。 宿の者も起きている気配なし、泊り客も早暁の夢の中にいる。 階段を音をたてず降り、玄関の戸を開けると、道一つ距だった海から、磯の匂いが胸にドッと…

36 『 緑陰の聖者 』

上京し、会議が終ると、ウキウキし、浅草へ飛んで行く。 近年映画館が減り、さびれるが、浅草情緒は、田舎者を、こころよく抱いてくれる。 女剣劇をみ、ロック座のかぶりつきで、口をあけ、美女のヌードを見ていると、赤い腰巻をパット開き、突如襲いかかり…

37 『 ミニ 』

朝の電車の乗客は、僅かな時間帯により客層が異なることに気づく。早朝は学生と、筋肉なサラリーマンが多く、八時ごろは普通サラリーマン、若いOLである。八時半をすぎると、家庭の主婦が目につき、その多くは手帳を、抱えこむように持っている。パートの…

38 『 ハンコ日本 』

俗に非能率なことをお役所仕事という。民間の企業はテキパキとスムーズにすべてが進捗する。役所は、上司がハンを押さないと、仕事は直ちに渋滞する。 国税局にいるとき、一つの書類にハンコが数十個、ベタベタと押してありそれに私も、一人前に判を押し、そ…

39 『 海の嘆き 』

青い波打際に日傘の女が、海をみつめている。一人の男が、赤い小旗の浮く禁止区域を上手な波手を切って、沖へ沖へ遊泳する。潮流は速度をまし、急に水温が下がる。そのとき、突如!!男の左足を、ケイレンが襲う。 遊泳中ケイレンはでき死を意味するが、海に…

40 『 旅から 』

かねて宿望の、北海道の旅に立つ。東京に一泊し、新宿に飲みに出る。 宵の、広い公園は若いアベックに埋まり、女の顔に男は、顔を埋めて、相抱く。落花乱れる修羅場を見て、あぜんとし、 「不潔だ」 と、うなると同行のメイは 「不潔だと思う、オジさんの方…

41 『 電話の向こうがわ 』  

朝の電話はクツワ虫のように、けたたましく鳴る。 妻は「やかましい:と、言わんばかりに電話器を押える。 「ア、奥様ですか」 と、あいてによって、巧妙にいんぎんとなり、鈴虫のいい声になる。 「おとうさま、きのう、めがねを置き忘れてないかと、森田さ…

42 『 オンボロ自転車 』

その朝、スカッと目ざめた、とたんに、昨夜のテレビの、市主催の、サイクリングに参加してみたく、カバッと跳ねおき階段を、かかとに力を入れてドシンドシンと降りる。 七時を、時計の長針は指している。すぐに玄関横に投げ捨ててある自転車をひき、試乗する…

43 『 比島の戦野で 』

ラジオ中国『テアトル・ヒロシマ』から--- フィリピン 『比島の戦野で』(第三回放送) 「日本の遺書」 (昭和36年5月1日午後10時15分から午後10時45分・放送) 構成 ・ 大牟田 稔 語り ・ 宇野重吉(劇団民芸) アナウンス・室積 馨 演出 ・ 秋信…